冷たい熱帯魚 でんでん インタビュー

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ナイトメア・シンジ

大学時代に現劇団の前身「スパースターノイローゼ」旗揚げ。 1989年劇団「営業二課」設立。 1997年松竹シナリオスクール卒業。 フェニックス掌編文学賞入賞。 2009年8月から2017年2月まで中央林間カルチャースタジオ演技講師に就任。 現在は映画脚本、舞台演出、脚本、ラジオドラマ制作、リーディング講師など精力的に活動中。 演技指導はマンツーマンを基本に行っている。 日本劇作家協会会員。 劇団営業二課主宰。 横須賀まなび館演技講師。

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冷たい熱帯魚 でんでん インタビュー

【キャラ立ち】

僕は下手ながらにも小説を書いています。小説にはもちろんキャラクターが登場するわけですが、キャラクターは、立っていた方が書きやすいです。僕の場合は。キャラクターが立つ、とはどういうことかというと、個性をなるべく大袈裟に描くということです。キャラクターを立てることを「キャラ立ち」などといいますが、もともとは漫画の世界の話だったようです。

物語を作る手法はいくらでもありますが、ひとつは、まずキャラクターをはじめに作ってしまうといった方法があります。主人公がどんなキャラクターであるかを、こと細かく決めていくわけです。そうすると、その個性から物語が生まれます。この手の手法は、多くの有名人が用いています。

コメディ作家として有名な三谷幸喜氏は、当て書きといって、はじめに出演者を決めて、そこから台本を書くのだそうです。また、劇団☆新幹線で脚本を担当する中島かずき氏も、同じことを言っています。

主役の印象を、どうすれば魅力的に見せることができるかを考え、そのためにストーリーを考える――と。小説でいうと、大塚英志氏が、「キャラクター小説の作り方」という本を出版しているくらいです。

物語にとって、キャラクターの個性を際立たせること――つまり「キャラ立ち」は、お客さんを引きつけるためには欠かせない要素といえるかもしれません。今回は、そんな意味から、俳優のでんでんさんに迫ってみたいと思います。

【名前の由来】

でんでん。1度聞いただけだと、人の名前だとは思えません。でんでんさんは、どうしてこんな名前なのでしょうか。その名前の由来には、でんでんさんの性格にあるそうです。

なんでも、でんでんさんが麻雀をやる時は「殻に閉じこもったような感じ」なのだそうです。その様子が、まるで、でんでん虫のようなので、あだ名として「でんでん」と呼ばれるようになったのだそうです。

それで、それを芸名として使うようになってからは、「でんでん太鼓のように芸能界を打ち鳴らし、でんでん虫のように芸能界の一国一城の主となれ」という意味を込めたのだそうです。殻に閉じこもったような感じが、実際にどんな様子かはわかりませんが、もしかしたら相当に集中しているのではないかと思われます。

でんでんさんは、俳優としてさまざまな役を演じ、また評価されています。映画「冷たい熱帯魚」では、裏表の激しい凶悪な殺人犯の役を演じて評判になりました。

「冷たい熱帯魚」のストーリーについては今回は省きますが、でんでんさんの演じた殺人犯は、表向きは積極的でひょうきんで、信頼の篤い人物である一方、裏の顔は殺人犯です。人を毒殺して財産を奪い、その遺体を熱心に処理するという冷酷さを持っているのです。

とても台詞が多く、その言葉はまるで呪いのように、犯罪とは無縁の一般市民を巻き込む力を持っています。そういう役を、でんでんさんは演じました。その演技は「怪演」と呼ばれるほどに印象が強く、俳優としての賞を取っているほどです。

でんでんさんだけではなく、でんでんさんの出演した映画「冷たい熱帯魚」自体もまた、数多くの賞をとった名作です。当然ですが、俳優がいるだけでは映画は撮れません。

また、脚本だけがあっても映画は創れません。俳優と台本、さらに監督や演出家や大道具や小道具、背景などなど、たくさんの人の力が集まってようやく映画は創られるのです。

でんでんさんが個人的に受けた賞も、映画として得た賞も、関係者の総力が取ったものと言えるかもしれません。そうだろうと思えることが、でんでんさんのインタビューの中に見られます。その1部を、引用してみます。

冷たい熱帯魚 でんでん インタビュー

【つまりはキャラ立ち】

──撮影中、園監督の鬼才・天才ぶりを実感したことはありますか?でんでん:現場で次から次にアイデアが出てきて、すぐにそれを取り入れるというあたりが天才なんだと思いました。

──台本とはかなり違うシーンになったということですか?

でんでん:いえ、変わっちゃいないんですけど、そこに何かを足していくんです。そういうことにすごく柔軟なんです。他の“良い監督”と言われている監督も、現場でどんどんカット割りが変わったりしていくんですよね。それだけでなく、人物のとらえ方とか、発想が僕らとはちょっと違う。台本も、読むだけでそれぞれのキャラクターが浮き立ってくる、そういうところも本当にすごいですよね。

(movie collectionより引用)

恩監督が、実際にどんなアイデアを現場で思いつき、採用したのかはわかりません。でも、もしかしたらですが、その中にはでんでんさんと接する中で生まれたものもあるのではないかと思います。つまり、当て書きです。

映画を創る上では、少なからず出演者のプライベートな様子を監督は目にするでしょう。たとえば休憩時間などに、です。もしかしたら、ちょっとした世間話くらいはするかもしれません。

そんな時に、アイデアが浮かぶ可能性は充分にあります。でんでんさんの、俳優ではない側面をみて、こんな人に、こんな動作をさせてみたい、あるいはこんな台詞を言わせてみたい、などなどです。

映画ではなく、小説の場合だと、よく「登場人物が勝手に動く」とか「勝手に喋る」なんていう怪奇現象みたいな経験を話す作家がありますが、それは事実、あります。

決して病気ではありません。きちんとキャラクターが創られていると、当初の予定通りに書いていると、この言動はそのキャラクターらしくないな、とか、逆に、こんな場合は、このキャラクターはこう動くだろう、といったことが自然と浮かんできます。それは、アイデアというほど斬新なものではなく、自然な感覚なのではないかという気がします。

おそらくですが、恩監督は、キャラクターと、キャラクターを演じる俳優を観察する力が非常に優れているのかもしれません。そしてでんでんさんにも、観察させる個性を持っているのかもしれません。

【芸人として】

でんでんさんは、はじめから俳優をやっていたわけではありません。はじめはコメディアンでした。その前は会社員時代とか無職時代などがあったそうです。

コメディアンから始まって、俳優になった人は結構います。昔ですと、ドリフターズのいかりや長介氏とか、谷啓氏。現役で活躍している人でいえば、竹中直人氏が有名です。もちろん、他にもたくさん、そういった人はいます。

コメディアン――とくにコントを演じる人は、普通の演劇ではありえないシチュエーションや役柄を演じることがあります。

NHKで放送されているコント番組「ライフ」では、ココリコの田中直樹氏が「貝」を演じていたことがあります。貝は、そのコントの主役でした。また、内村光良氏は、「日本の総理大臣を務める宇宙人」を演じています。ほかにも「NHKゼネラル・エグゼクティブ・プレミアム・マーベラス・ディレクターの三津谷寛治」という役を演じています。NHKですから。

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【先生から聞いた話】

現在、精神科医を務めている人から聞いたことがあります。その医師は、若い頃は演劇を学んでいたことがあるのだそうです。演劇を学ぶ場合、どんな方法を取るのか、僕はまるっきり門外漢なのでわかりませんが、その精神科医が言うには、「だんだんと人間から遠いものを演じていく」ことで、演技力を鍛えていくのだそうです。

はじめは、犬とか猫を、演技で表現するそうです。犬や猫は四つん這いではありますが、足が胴体から足が4本出ていて声を出す、という意味では人間と同じです。なので、比較的演じやすいのだそうです。ですが、最終的には蛇などを演技で表現するのだそうです。

蛇は、体の構造が人間とはまったく違ううえに、声も出しません。これを演じるのは(少なくとも初心者にとっては)至難の業です。そうやって演技力を磨いた経験があると、その精神科医は話していました。

と、すれば、俳優ひと筋やってきた人とは違う要素を、芸人を経験した人は持っているのかもしれません。でんでんさんは、そういった要素を持っていたのではないでしょうか。そして、もしかしたら、そんな部分から、監督は着想を得たのではないでしょうか。

【二面性】

でんでんさんは元・コメディアンですが、でんでんさんが出演した「冷たい熱帯魚」は、まったくコメディではありません。実際に起きた殺人事件を元とした、ホラー映画です。でんでんさんが演じたのは、その犯人である村田という男の役です。

はじめにも話した通り、この村田という男は、非常に激しい二面性を持った男として描かれ、また、演じられています。二面性と言って僕が思い出すのは、竹中直人のネタです。そのネタは「笑いながら怒る人」と言われています。内容は、そのまんまです。にっこにこに笑った表情をしながら、激しい口調で激怒している様子を演じます。

これはネタですが、二面性というのは、キャラクターを立てる上で意識すると効果的な要素でもあります。たとえば、頬に傷のあるいかつい大男が、じつは保育士で子供の間で人気者だったり、見た目が可憐で清楚でおとなしそうな女の子が、じつは空手の有段者であったりなどなど・・・・・・。

現実の人間もそうですが、人にはいろんな側面があります。創作物の中では、ひとつの側面と、別の側面のギャップを激しく描けば描くほど、お客さんを魅了することができます。

その点でいうなら、村田という男は非常に魅力的な男です。もちろん恐ろしい男ではありますが、「キャラクターとして」見るなら、これほど迫力があって色の濃い人物はなかなかいないと思います。とても完成度の高いキャラクターではないでしょうか。

また、村田はとても台詞の多い役です。先にも書いた通り、「人間とはかけ離れたもの」であればあるほど、演じるのに困難がともないます。ですが、村田は人間である上に台詞が多いですから、俳優としての、あるいは元・コメディアンとしての、でんでんさんの能力が爆発したのではないかと思います。

冷たい熱帯魚 でんでん インタビュー

【相反する?­】

冷たい熱帯魚」ではなく、別のインタビューでの話ですが、でんでんさんはこんなことを言っています。

「一生に1度の人生なんだから、(好きなものなどに)しがみついてみなよ」

もし生きることが苦痛なだけのものなら、せめて好きな生き方をしたいものです。また、もし人生が楽に満ちたものであれば、それはきっと好きなことに出会えているからでしょう。いずれにしても「好きなもの・こと」は生きる上では必要なものなのかもしれません。

生き方について遠慮をしていれば、好きなことを手にする機会を逸してしまいかねません。だから、しがみつくこと、あるいはそうでなくても意識しておくことが、好きなものを手にするには必要なのかもしれません。そして、それと同じインタビューの中で、でんでんさんは、こうも言っています。

「役者はそんなに魅力的な仕事じゃない」

これは、役者を貶しているのではなくて、役者と同じくらいに、あるいはそれ以上に魅力的な仕事は他にいくらもある、という意味だそうです。

でんでんさんは役者です。役者であるでんでんさんが、役者以外の仕事の魅力について話すということは、「しがみつけ」という先の言葉と矛盾しているかのように思えます。が、そんなことはありません。

【井戸と海】

両立できないものがあります。仕事でいえば、速さと正確さは、両立しにくいものです。商品でも、高品質と安さを両立させることは大変です。絶対に無理、ということはないのだろうとは思いますが、困難は伴うものではないかと思います。そうしたことは日常の中でもあります。

そのひとつが、「集中」と「俯瞰」です。全体を見れば局所を見落とすし、1点に集中していれば大局を見失います。これも、両立が不可能とは言いきれませんが、結構難しいのではないでしょうか。でんでんさんがインタビューの中で言っているのはそういうことではないかと思います。

つまり、好きなことに集中することは必要だけれども、それのみばかりが世界ではない、ということです。もし何かでつまづいたとしたら、いったん引いてそれ以外のところに目を向けることも必要なのではないかと僕は思います。

自分の生きる道が1つしかないと思うと、それでつまづいた時にどうしようもなく思えてしまいますが、視野を広く持てば、生きる道はいくらでもあることが見えてきます。諦めたらそれで終わり、という言葉もありますが、いったんは諦めても再挑戦することが許されないといった場合はそんなにないのではないかと思われます。

何かにひと筋ということは、言ってみれば井の中の蛙です。その蛙は、海の広さを知りませんが、井戸の深さはよく知っています。逆に海に住む魚は、海の広さは知っていても井戸の深さを知ることはできないでしょう。

どちらが良いとか悪いとかではなく、時には違う視点を持つことが、行き詰まりを解消するのには必要とも思えます。ちなみに、ですが、その視点の変更が、インタビューの中では役に立ってきます。

【インタビューのこつ】

インタビューにはルールがあります。インタビューの趣旨からあまりに逸れた質問をしたり、プライベートに踏み込みすぎるような質問をしてはいけません。公私混同もよくありません。が、これはインタビューをする側の守るべきルールです。

ルールというよりは、マナーとか礼儀といった方がいいかもしれません。ですが、インタビューをされる側は何を話しても基本的には自由です。覚悟の上であれば、住所や電話番号を言ってしまっても、それで罪に問われることはないでしょう。

もし、話者の方で話を逸らせてくれたらしめたものです。なぜというと、本筋とは関係ないところに、その相手の魅力が宿っていることが多いからです。

どういうことかといえば、「〝冷たい熱帯魚〟についてでんでんさんに聴く」といった趣旨でインタビューをした場合、話題が「冷たい熱帯魚」にのみ絞られると、それ以外の側面を見ることができません。

すでに書いたように、人には多くの側面がありますから、もし話者が許すならば、話が本筋から逸れれば逸れるほどに、その人の多面性が見えてきます。

そして、ひとつの側面と別の側面にギャップがあればあるほどに魅力があるのと同じように、その人の意外な側面を見つけることがえできれば、それは、より魅力的なインタビューになることでしょう。これも、「集中」と「俯瞰」の関係に似ています。

実際、でんでんさんは役者でありながら、それより以前はコメディアンや会社員の経験があります。そうした過去があっての今のでんでんさんだと知れば、おそらく、「役者」という側面も、まが違った趣で見えるかもしれません。

でんでんさんの、「冷たい熱帯魚」に関するインタビュー、また、ほかのインタビューから、多面性、視点の変更といったことを学んだ気がします。

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