ウィッカーマン カルト映画 感想

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ナイトメア・シンジ

大学時代に現劇団の前身「スパースターノイローゼ」旗揚げ。 1989年劇団「営業二課」設立。 1997年松竹シナリオスクール卒業。 フェニックス掌編文学賞入賞。 2009年8月から2017年2月まで中央林間カルチャースタジオ演技講師に就任。 現在は映画脚本、舞台演出、脚本、ラジオドラマ制作、リーディング講師など精力的に活動中。 演技指導はマンツーマンを基本に行っている。 日本劇作家協会会員。 劇団営業二課主宰。 横須賀まなび館演技講師。

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ウィッカーマン カルト映画 感想

【社会問題】

ある男性の話です。その男性は、パニック発作で悩んでいました。10年以上も悩んでおり、投薬や絶食など、さまざまな解決方法を試してきたのですが、それでもまだ治らないということで、相当に悩んでいたそうです。

この事例は個人的な問題であって、決して国家を左右するような規模のものではありません。しかし、この男性の悩みと同じく、どうやってもうまくいかなそうな問題は、社会問題と呼ばれるくらいに規模の大きなものにも見られます。

そして、そのような問題に対しては、さまざまな専門分野の研究者や政治家などが解決策を見出そうとしています。しかし、いつになったら解決するのか見当のつかないような大きな問題がいくつもあります。

社会問題というくらいですから、その社会の中で生きている僕らにも、少なからず影響が出てくるでしょう。それも悪い意味で。これらについて、僕らはどうすればいいのでしょうか。

【2つの意味】

カルト映画に関する記事を以前にも書いたことがあります。その記事の中では、「カルト」という言葉を、明鏡国語辞典に載っている説明に沿って話しました。それをもう一度ここで思い出してみたいと思います。「カルト」という言葉には、2つの意味があります。

1・カリスマ的指導者を中心に、熱狂的な信者をもつ新興の宗教団体。
2・一部の熱狂的ファンに支持される映画・小説など。「――ムービー」

どちらも「熱狂的」という意味では共通しています。違いは、その熱狂的な人が「ファン」か「信者」かといった部分です。

前回は「2」の意味で「カルト映画」について話しましたが、今回は「1」の意味(カリスマ的指導者を中心に、熱狂的な信者をもつ信仰の宗教団体)で語ってみたいと思います。

【ふたりの作者】

今回紹介するカルト映画は、ウィッカーマンです。監督はロビン・ハーディ。内容は以下のようなものです。

主人公は、ハウイーという名の警察官です。ある日、ハウイーの許へ手紙が届きます。その内容は、「行方不明になった娘を探してほしい」というもの。そして、その娘の写真が添えられていました。

ハウイーは、さっそくその娘の捜索を開始します。そして捜索しているうちに、サマーアイル島という島へ行くことになります。その島は独特の文化圏で、ハウイーにとっては受け入れられないことがたくさんありました。

そんな中でも、ハウイーは必死に娘の捜索を続けます。すると、どうやらこの島には生贄の儀式が伝わっているらしいことを知ります。しかも、今度の生贄の儀式では、ハウイーが捜索している娘がその犠牲に選ばれているようなのです。

ハウイーは、ちょっとした作戦を使って、娘を助け出そうとします。が、島民に捕まってしまいます。そして、ハウイーは〝真実〟を告げられます。

実はハウイーの元へ捜索依頼が来たところから、ハウイーが娘を助けようとしたところまでが「テスト」だったというのです。そしてハウイーは、その「テスト」に「合格」したと判断されたのです。なんの「テスト」だったのかというと、それは「生贄にふさわしいかどうか」を判断するためのテストです。

つまり、「娘を捜索してほしい」という手紙と、実際の娘(生贄のふりをしていた女性)は、生贄をおびき寄せるための罠であり、同時にテストだったのです。そしてハウイーはまんまとその罠にかかってしまい、生贄として認定されてしまったわけです。

そして映画はラストを迎えます。生贄として捕まってしまったハウイーは、人間の形をした檻のようなものへ入れられ、焼き殺されてしまうのです。以上が、ウィッカーマンというカルト映画のおおまかなあらすじです。

このカルト映画の感想は、「びっくり」です。びっくりしたのは、その結末と、ある〝偶然〟の2つに対して抱いた感想です。

その偶然なんですが、どんな偶然かというと、このウィッカーマンとほぼ同じ内容の小説があるということです。

その小説の作者は、短編小説の鬼才、星新一です。星新一といえば、ショートショートと呼ばれる超短編小説(短いものだと1ページほどで終わってしまう)の巨匠で、実に生涯にわたって1001編もの作品を生み出したことで有名な小説家です。

その、とても短い小説に、ウィッカーマンとそっくりな内容のものがあります。ある男が、他の街からやって来た女性を騙して生贄の犠牲にしようとします。

しかし次第に罪悪感が湧いてきて、しまいにはその女性とともに夜逃げをします。行く場所がないので、とりあえず女性が暮らしていた街へ行くのですが、実はその街でも生贄の風習があり、男性が生贄にされてしまう、という内容です。実は女性も、生贄となる男を探していたわけです。ウィッカーマンと、とても似ています。

ショートショートの特徴は、結末でアッと驚かせるような展開を見せるところにあります。そしてそのパターンは、「実は逆だった」というものが大変多いです。

ウィッカーマンの監督であるロビン・ハーディが星新一を知っていたのか、もしくは星新一がウィッカーマンを知っていたのか、それは分かりません。

しかし、同様の展開(実は逆だったというもの)を見せる物語が、この2つ以外にもたくさんあるということには興味をそそられます。そして、その感想の多くに「びっくりした」という内容が挙げられていることにも注目したいところです。

複数の物語作家が、ディテールは違うものの、同じような結末を思いつくことには、何か原因があるのでしょうか。それとも偶然なのでしょうか。

創作活動をやっている人間にとって「盗作」は厳禁です。もし盗作をやってバレたら、もうその世界ではやっていけないことでしょう。そんなリスクを犯してまで盗作をするとは思えないので、おそらく偶然なのだと思います。しかし偶然にしては例が多すぎるような気もします。

ウィッカーマン カルト映画 感想

【関係ないけど関係ある】

ある大型ショッピングセンターで、商品の売上をAIに解析させたところ、ビールが売れる時は紙おむつが売れる、という結果が出たのだそうです。また、これはNHKの番組でも放送されていたことなのですが、AIに分析させたところ、「未婚の40代が多くなると日本が滅ぶ」という結果を出したのだそうです。どうしてそうなるのか、理屈はさっぱりわかりません。

「滅ぶ」というのがどんな状況を指すのか、その定義にもよると思いますが、「40代未婚」と「日本滅亡」に繋がりを見いだせる人は、おそらくいないのではないかと思います。でも、AIはそんな答えを出しました。ここでひとつ注意しなくてはならないことがあります。それは「因果関係」です。

「40代未婚が増えた」だから「日本が滅ぶ」ということには、必ずしもならないということです。日本が滅ぶ時に40代の未婚者がたくさんいることはあるかもしれませんが、それは、その2つの結果が偶然同じ時期に訪れただけという場合も、かなりの確率で考えられます。

もっとわかりやすくいうと、「暑い」だから「スイカが売れる」という例です。この因果関係自体は、もしかしたら正しいかもしれません。しかし別の因果関係も考えられます。

例えば、収穫時期です。スイカが収穫されるのは暑い季節です。ほかの季節でスイカが収穫させることはそんなにありません。つまり、ほかの季節では、売りたくても(ものがないので)売りようがないわけです。だから「スイカが売れる」のは「暑い」季節に集中して当たり前なわけです。

結果に対する原因はひとつではないことが多々あります。また、ふたつの同じ結果があったとしても、それぞれの原因は別である可能性というのもあります。

そう考えると、40代未婚者の増加が日本を滅ぼすというのは、まったく言いがかりであり、たとえAIの分析結果だったとしてもあてにならない、と見るべきなのかもしれません。

ただ、だからといって因果関係のないものは役に立たないと言い切ることはできません。。それを参考にすることはできるわけです。

因果関係はわからないけれども、なぜだかそういう結果が出る、という分析がなされたのなら、先にも話した「ビールと紙おむつ」の関係のように、もしビールが売れ始めたら紙おむつを多めに入荷することで売上を伸ばすこともできます。もちろん因果関係がはっきりしていないので、確実に儲かるとは言えませんが、参考にはなるはずです。

【ウィッカーマン】

さて、ここで再び話をウィッカーマンに戻したいと思います。ウィッカーマンは、ひと言でいうなら、生贄を助けるつもりが、逆に生贄にされてしまった、という内容のカルト映画です。

「生贄」という言葉には、どんな感想を持つでしょうか。おそらく、怖い、奇妙、残酷、などの感想を持つ方が多いかもしれません。そして、それは決して間違ってはいないと思います。

ウィッカーマンはカルト映画です。先にも話したように、ここで言う「カルト映画」とは「カリスマ的指導者を中心に、熱狂的な信者をもつ新興の宗教集団」という意味です。

では、ウィッカーマンというカルト映画における「カリスマ的指導者」とは誰のことを指すのでしょうか。これはおそらく、「ドルイド」であろうと思われます。ドルイドとは何かというと、ケルト人社会において権力を持っていた祭司のことです。

そしてタイトルにもなっているウィッカーマンですが、これはドルイド教の中で実際に使われていたとされるものです。人型の檻で、映画と同じように中に人を詰めて焼いたとされています。それが神への捧げ物とされていたのだそうです。

またドルイドは、人を殺害することで、その被害者の体の動きや血の飛び散る様子などから、未来を予見したと言います。

そんなもので未来が見えるなんて、気が違っているとしか思えませんが、さっきのAIの話を思い出してください。因果関係がなくても、その結果だけが正しいという場合があるわけです。

なので、まったく否定的に見ることはできないのではないでしょうか。また、ドルイドとは、「知る」「知恵」などという意味です。一般の人間には分からないやり方で、また一般の人間には分からないことを知ろうとする行いは、まさにドルイド(知る・知恵)と呼ぶにふさわしいのかもしれません。少なくと、当時の人から見たら、そう見えていたのではないかと考えられます。

【機械と感情】

ウィッカーマンと似たもので、バーニングマンと呼ばれるものがあります。バーニングマンも、ウィッカーマンと同じように巨大な人形を作り、最後には燃やします。ただし、人間を殺したりはしません。これは、そういうお祭で、現代でも行われているものです。日本で言うなら「どんど焼き」に近いでしょうか。

このバーニングマンを燃やすお祭で、ある実験が行われました。どんな実験かというと、人間の感情が機械に及ぼす影響についてです。

バーニングマンのお祭のクライマックスは、言うまでもなく、その巨大人形を燃やすところです。参加者はこぞって、人形が燃える様子を眺め、そして興奮します。この現場に、その研究班は乱数発生機を持って臨みました。

乱数発生機は、0と1を、均等に、しかし不規則に出すものですが、バーニングマンが燃え上がって人びとの感情が昂た時に、その0と1の出方に極端な偏りが出たのだそうです。つまり、人間の感情が機械に影響する可能性を見出したわけです。

しかし異論もあります。この実験の時、近くに大きな電力装置があり、それが乱数発生機に影響したのではないか、というものです。

もし電力装置があったとしたら、この実験は信じられません。しかし、感情と機械の関係は否定された訳ではありません。もし否定するのであれば、電力装置のない状態で同じ実験をやり直し、それで影響が〝出なかった〟という結果を出すことが、最低でも必要になってきます。

ウィッカーマン カルト映画 感想

【生贄と社会問題】

ここまでは、ウィッカーマンというカルト映画について書いてきました。そして、これを現代の問題に結びつけて考えてみたいと思います。手がかりは、以下の3つです。

・因果関係の見られないデータも、役に立つことがある。
・まったく関係がないであろうふたりの物語作者(星新一とロビン・ハーディ)が、ほとんど同じ内容の物語を考えている。
・その作品は、多くの人に「びっくりした」という感想を抱かせている。

そして社会問題には、対処するのが難しいものがいくつもあります。いろんな知識を論理で分析して、それでもなお、解決策の見いだせないものがあります。つまり、知識や論理は、ほぼ使い果たしている状態となのかもしれません。では、何を使えばいいのでしょうか。

それは因果関係がない(ように見える)ことからの切り口です。その切り口は、AIにビッグデータを与えることで導き出すことができます。他にも方法はあることでしょう。

奇天烈な考えにはだいたいの人は賛成しないかもしれません。それが、人が犠牲になるような内容なら尚更です。なので、実行するかどうかは人間がよく吟味をして決めなくてはいけません。どんなに馬鹿げたアイデアも、あるいは残酷な対策も、実行まではしないまでも、真剣に考えてみる価値はあるのではないか、という気がします。

【非論理的のススメ】

風が吹くと桶屋が儲かる、などと言いますが、この言葉からは因果関係が見いだせません。しかし過程の内容を見れば、無理があると思いながらも、いちおう因果関係を見ることができます。AIが出す訳の分からない結果も、もしかしたらこの例のように、なんらかの因果関係が隠れているのかもしれません。

星新一とロビン・ハーディが、そっくりな物語を考えたことにも、因果関係があるのかもしれません。「小説家」も「映画監督」も物語作者としては共通しているし、その作品に触れる対象は、同じ「人間」なので、ある法則に、自然と、物語の展開を当てはめている可能性はあります。

また、それらの作品に触れて「びっくりした」などの同じ感想を抱くのも、同じか、あるいは似た文化や心身の構造を持っていれば当然といえば当然です。

つまり人間である限り、ある部分は共通しているので、突破できない壁があると考えられます。それを突破する手がかりをくれるのがAIなのではないかと思います。突飛な発想、馬鹿馬鹿しい発想にこそ、問題を解決する手がかりが隠れているのかもしれません。

【逆立ちした男】

家族が訳もなくいきなり逆立ちを始めたら奇妙に思うことでしょう。ドルイド教における生贄や占いも、その文化圏外から見たら奇妙です。でも、もしかしたら、因果関係がないにしても、例えばビールと紙おむつのような、なんらかの見えない関係があるのかもしれません。

感想として怖い、気持ち悪い、と思えることにも、それなりの理論を見出すことが出来れば、そこから何かヒントが得られるのではないでしょうか。

そして冒頭で紹介した「パニック発作に悩んでいた男性」ですが、「子供と一緒に逆立ちをすること」で治ったと紹介されています。一見訳が分からないかもしれませんが、これはきちんと説明することができます。

【異常性に見るヒント】

まったく見当違いな角度から見たり考えたりすることは、専門家や常識人にはできないことです。そこから外れた人や文化にこそ知恵が求められるのかもしれません。ウィッカーマンに登場する人びとなら、僕らが抱えている問題について、どんな解決策を思いつくでしょうか。

異文化交流という言葉がありますが、そこにこそ、新しい発見や切り口、解釈の仕方などが隠れているかもしれません。もしかしたら、知識や論理や常識などといったものは、いったんリセットしてみる必要があるのではないでしょうか。

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大学時代に現劇団の前身「スパースターノイローゼ」旗揚げ。 1989年劇団「営業二課」設立。 1997年松竹シナリオスクール卒業。 フェニックス掌編文学賞入賞。 2009年8月から2017年2月まで中央林間カルチャースタジオ演技講師に就任。 現在は映画脚本、舞台演出、脚本、ラジオドラマ制作、リーディング講師など精力的に活動中。 演技指導はマンツーマンを基本に行っている。 日本劇作家協会会員。 劇団営業二課主宰。 横須賀まなび館演技講師。

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