洋画『M』はサスペンスホラーのおすすめ古典映画

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ナイトメア・シンジ

大学時代に現劇団の前身「スパースターノイローゼ」旗揚げ。 1989年劇団「営業二課」設立。 1997年松竹シナリオスクール卒業。 フェニックス掌編文学賞入賞。 2009年8月から2017年2月まで中央林間カルチャースタジオ演技講師に就任。 現在は映画脚本、舞台演出、脚本、ラジオドラマ制作、リーディング講師など精力的に活動中。 演技指導はマンツーマンを基本に行っている。 日本劇作家協会会員。 劇団営業二課主宰。 横須賀まなび館演技講師。

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今日、ご紹介するのは、おすすめサスペンスホラー洋画 「M」です。
洋画「M」は1931年に制作されたドイツ映画。
(1931年は日本の年号で昭和6年)

洋画「M」は、およそ80年前に作られたサスペンスホラー・ムービーです。

ナイトメアシンジ
サイコ・スリラーの元祖とも言われるこの洋画「M」。
ご紹介しないわけにはいきません。
タイトルの”M”はドイツ語でMörder(殺人者)の頭文字を意味します。

洋画「M」は、当時一世を風靡した無声映画ではありません。
トーキー映画です。

ナイトメアシンジ
洋画「M」は無声映画からトーキー映画へ移る時代の”橋渡し映画”でもあります。(トーキーとは映像と音声が同期した映画のこと。talkie という語は talking picture から出た言葉。moving picture を movie と呼んだのに倣ったもの。サイレント映画(無声映画)の対義語)

洋画「M」の監督はフリッツ・ラング。
洋画「M」はフリッツ・ラング初のトーキー映画。

監督のフリッツ・ラングは1890年12月5日生まれ。

SFファンの間では、映画「メトロポリス」(1927)でも知られていますよね。
監督デビューは1919年の映画「Halbblut」です。

ユダヤ人のフリッツ・ラングは1934年にフランスに亡命、その後アメリカに渡り、映画「暗黒街の弾痕」(1937)や映画「死刑執行人もまた死す」(1943)など、1976年に亡くなるまで多くの映画を撮っています。

脚本はフリッツ・ラングの当時、妻であった女流作家のテア・フォン・ハルボウが共同執筆。
(フリッツ・ラングは3回結婚をしています)

この洋画「M」は1920年代にドイツを震撼させた連続殺人鬼“デュッセルドルフの吸血鬼”ことペーター・キュルテンをモデルにしたと言われている作品です。
(後に、フリッツ・ヤングは否定)

ナイトメアリュウタ
“デュッセルドルフの吸血鬼”ことペーター・キュルテンとは?


出典元:ウィキペディア

ペーター・キュルテンは1883年5月26日生まれ。
1929年1月から11月までの”デュッセルドルフの凶行”で有名。
”近代シリアルキラーの原点”とも言われている。
9件の殺人と7件の殺人未遂の罪で起訴された。
(ペーター・キュルテン自身は強姦、暴行、殺人約80件の犯罪を自白している)

1931年4月から裁判が行われた。
当然のごとく、死刑判決を受けて1932年7月2日早朝、ケルンにてギロチンを用いた死刑が執行された。

ナイトメアシンジ
サスペンスホラーらしく、ゾクゾクしてきたでしょ?
ナイトメアリュウタ
なんだかドキドキしてきたよ(´;︵;`)

では、おすすめサスペンスホラー洋画 「M」のあらすじをご紹介します。

洋画「M」あらすじ

幼い少女が次々と惨殺される事件が発生する。警察当局の懸命な捜査にも関わらず犯人の見当は全くつかず、やがて捜査は暗黒街まで及ぶ。

警察の厳しい追及に、商売が立ち行かなくなることを恐れた暗黒街の面々は、独自で犯人探しを開始、浮浪者や娼婦まで動員して少女殺しの犯人を追う。やがて、盲目の風船売りの証言が有力な手掛かりとなり、一人の容疑者が浮かび上がる。

容疑者を発見した浮浪者の機転によって、背中に白いチョークで“M”の刻印を捺された男は、暗黒街と浮浪者たちに追い詰められて、捕らえられてしまう。

地下室で人民裁判が開かれる。民衆は男の処刑を声高に要求するが、男は”自分は病気だ”と主張。男を仕方なく弁護することになった弁護士も”責任能力のない人間を裁くことはできない”と主張。

それを聞いた民衆の怒りは頂点に達する。リンチが始まろうとした矢先、警察がなだれ込んでくる…。

洋画「M」はおすすめ映画

ナイトメアシンジ
日本でも刑法39条が度々、論議されます。刑法39条には、『刑事責任能力のない人は処罰の対象外とする、または、処罰を軽減する』という記述があります。

処罰をするにあたり、違法な行為を行った者に対して責任を問うために、事理弁識能力(物事の善し悪しが判断できる能力)と行動抑制能力(自身の行動を律することができる能力)が必要とされているからです。

映画「M」では、そのことが大きなテーマになっています。
(80年前にすでに問題提議されていることに驚き)

ですから、サイコ・スリラーの古典とも言えます。

映画「M」はサスペンス・ホラーの先駆的作品でもある

殺人の直接的シーンはありません。
(電線に絡まる風船や転がる毬で表現しています)

犯人逮捕に繋がる情報に1000万マルクの賞金が賭けられていることを記した電柱の張り紙に写る男の影の不気味さ。
(白黒ならではの戦慄シーン)

BGMなし。
(緊迫感を煽る演出)

ラスト
なだれ込んで警官のシーンも間接的な映像で表現しています。
(民衆が両手を上げる。犯人の男の肩に置かれる手)

犯人が自分の背中の”M”という文字を鏡越しに見つけるシーンは名シーン。
(おすすめ)

犯人の口笛。
(耳に残る。重要な手ががりでもある。アイディアが秀逸)

映画「M」の時代背景

ナイトメアシンジ

映画「M」が作られた1931年は、アジアに目を向けると、”満州事変”が起きた年でもありました。日本国内でも大手新聞社がこぞって、軍部の後押しをしました。

(プロパガンダ。今では考えられないですね。人々も洗脳されていきます)

気軽に”戦争反対!”などと言える雰囲気ではなくなりました。
(恐ろしいことです)

1931年は日本が”戦争への道筋を作った年”でもあります。

ドイツでも世界大恐慌の後遺症から、一時なりを潜めていたナチスとヒットラーが息を吹き返そうとしていた時期。映画自体に不安と不気味さが漂うのは、あながち気のせいではないのかも。

犯人の男を演じたピター・ローレは、この映画「M」で有名になり、パリからロンドンへ移住。そして、ハリウッドに招かれ、数々の映画に出演しました。
(ピーター・ローレもユダヤ人)

サスペンスホラー、サイコスリラー、シリアル・キラー、罪と罰
様々なテーマを持ったこの映画「M」。

古典ではありますが一度御覧になってはいかがでしょう?
おすすめです。

次回は”演技の初心者の練習について”お話しします。
お楽しみに。

”今宵も悪夢は世界のどこかで誰かが見る”

(ナイトメア・シンジ)

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