実在 事件「埼玉愛犬家連続殺人事件」と『冷たい熱帯魚』

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ナイトメア・シンジ

大学時代に現劇団の前身「スパースターノイローゼ」旗揚げ。 1989年劇団「営業二課」設立。 1997年松竹シナリオスクール卒業。 フェニックス掌編文学賞入賞。 2009年8月から2017年2月まで中央林間カルチャースタジオ演技講師に就任。 現在は映画脚本、舞台演出、脚本、ラジオドラマ制作、リーディング講師など精力的に活動中。 演技指導はマンツーマンを基本に行っている。 日本劇作家協会会員。 劇団営業二課主宰。 横須賀まなび館演技講師。

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実在 事件「埼玉愛犬家連続殺人事件」と『冷たい熱帯魚』

1995年、それはこの世の終わりを感じさせるほど暗いことが続いた年であった。中でも、多くの人命が奪われた天災「阪神・淡路大震災」と、オウム真理教によって引き起こされた人災「地下鉄サリン事件」はその年を象徴する出来事として語り継がれている。しかし、そのような大々的な出来事の陰で起きてしまった悲惨な実在 事件、「埼玉愛犬家連続殺人事件」を知っているだろうか。今回は、この悲惨な事件を、モデルとしたある映画と共に紹介していきたい。

実在 事件「埼玉愛犬家連続殺人事件」と『冷たい熱帯魚』

園子温監督の代表作『冷たい熱帯魚』

報知映画賞、ブルーリボン賞、そして日本アカデミー賞。獲得した賞の数は片手で足りない。2010年に上映されたその映画は今でも、監督の代表作とされている。その映画の名は『冷たい熱帯魚』。R18+指定の映画である。

この映画の監督は園子温(そのしおん)、言わずと知れた、映画界でその名がとどろく名監督である。三十年以上で手掛けた作品で二十本以上を数える。園の作品の特徴は何と言ってもその過激さにある。エロ、グロ、そして人間の機微を全て曝け出すかのごとく運ばれる展開は、多くの人びとを魅了している。

ホラーにおいても園は妥協をしない。実在事件をもとにした作品をいくつも製作しては、スクリーンに映してきた。『冷たい熱帯魚』はそのホラー作品の代表作とされている。

主人公は小さい熱帯魚店を営む、妻と娘にうだつのあがらない中年男性。娘がスーパーで行った万引きによって危機的状況に陥ったときに、「村田」という男で出会った。スーパーとの間を仲裁した村田は、主人公よりも規模の大きい熱帯魚店『アマゾンゴールド』を経営する、おしゃべり好きの気さくな男だった。同じ職種ということもあり、懇意となった主人公と村田だが、やがて村田に引っ張られる形で、主人公の生活は大きく変わることとなる。

以上がこの映画の概要である。詳細は実際に映画を見るべきである。キーパーソンは『アマゾンゴールド』の店主である村田である。村田を演じた俳優のでんでんは、この映画がきっかけで助演男優賞を多数受賞。その怪演はすさまじく、まさに『冷たい熱帯魚』の世界観は彼一人によって作られたと言っても過言ではない。

ホラーといえば、主役は被害者が定番。しかし、この映画では主人公の立ち位置は共犯である。主犯である村田に加担せざるを得なくなり、罪を重ねるたびに、小市民にすぎなかった彼の狂気が累積させていくのだ。

すなわち話の軸は加害者側にあり、その狂気を垣間見る時間は他のホラーに比べて必然的に多くなるのだ。犯行を積む毎に感覚が狂わされている様は、映画を見る者に対しても、まるでその世界へ引きずりこむかのようである。

この映画は、実在 事件埼玉愛犬家連続殺人事件」の内容をヒントに製作された。村田は主犯の人物を、主人公は共犯の人物を模している。実際はどのような事件だったのか。多くの命が奪われた実在の事件。架空の話はここまで、ここからはノンフィクションとなる。

実在 事件「埼玉愛犬家連続殺人事件」と『冷たい熱帯魚』

異常な「殺人哲学」!「埼玉愛犬家連続殺人事件」

では、『冷たい熱帯魚』のモデルとなった「埼玉愛犬家連続殺人事件」とは、一体どのような事件だったのか。阪神・淡路大震災の12日前、1995年1月5日に終結したその事件の詳細を紹介しよう。

この事件には3人の加害者がいる。主犯格は関根元(せきねげん)という男である。埼玉県熊谷市で『アフリカケンネル』という大型ペットショップを経営するこの男は、社会的地位も高かった。というのも、ブリーダーの腕が非常に高く、その業界では名を馳せていたのだ。

そのこともあって、話術やユーモア、心理の読み合いには非常に長けていた。この要素は事件を語る上で非常に重要である。一方でその商売手段は悪辣極まりない者であった。関根は、利益を得るためなら、一度は売ったペットを盗んで再度別のペットを売りつけることも平気で行った。また、暴力団の関係者とも付き合いを深くしていた。

なお、左手の小指には先がなかった。暴力団とのトラブルによって「落とし前」をつけた結果であった。これらのことは周辺住民を生む原因となった。

第一の殺人は、上記のようなあくどい商売がきっかけとなって起こった。1993年4月20日、関根はとある男性を毒殺した。成分は硝酸ストリキニーネ。栄養剤と偽り、飲ませたことでの殺害だ。その男性は関根から1100万円もはたいて犬を購入。関根に繁殖ビジネスを持ち掛けられたこときっかけであった。

しかし、たかが犬にそのような値段が張るわけがない。購入後にその異常さに気付いた男性は関根を問い詰め、返金を要求した。しかし、「アフリカケンネル」が経営に窮してこともあり、関根も返金するわけにはいかなかった。

そこで関根は殺人を企てるに至った。殺害後は、死体を消滅させるために肉体は解体、骨は焼却、そして燃えカスは遺棄した。証拠隠滅を図ったのである。ここから関根の殺人鬼としての日々がはじまる。

上述のように、関根は暴力団関係者の付き合いも深かった。特に、第二の殺人の犠牲者となった、とある組員には、店内のトラブルを仲裁してもらう用心棒的役割を担ってもらっていた。

しかし、さすがは暴力団らしく機を見るに敏で、関根が第一の殺人を犯したことを察知した。ここで警察に通報でもしておけばよかったものの、その組員は口止め料を巻き上げようと関根に対して脅迫を始めた。しかし、そもそもお金を払えないから殺人を実行したのだから、関根が組員に対しても殺害を決意した。

そして1993年7月21日組員の家に行き、組員の要求にこたえるふりをして、例によって硝酸ストリキニーネで殺害した。さらに関根は、組員の運転手を務めていた男性にも同様の手法で殺害。そして、二人の死体は解体、焼却された。もはや関根に良心の呵責などなかった。

いよいよ関根は、女性にまで手にかけた。関根は「アフリカケンネル」で従業員をしていた男性の母と懇意になった。そして、店の維持のために、お金をだまし取ろうと考えた。

しかし、もしもその意図がバレたらどうしようかと悩み、先手を打って殺すことを決意。もはや一人殺してしまえば何人殺しても一緒、という様相を呈していた。そして、1993年8月26日、女性からお金を受け取った後にまたしても硝酸ストリキニーネで殺害した。

関根には年の離れた妻、風間博子(かざまひろこ)がいた。「アフリカケンネル」に客として訪れたことから関根と意気投合し結婚。お互いに愛人をつくったりと、その生活形態は歪んでこそいたが、風間は関根をブリーダーとして尊敬しており、関根も風間の経理能力を買っていたことから、両者の関係は終始良好であったと言われている。

ちなみに余談ではあるが、風間は一度離婚の経験があり関根とは二回目の結婚となったが、関根は復縁も含めるとこれが七回目の結婚であった。なお、関根と名字が違うのは、税金対策の為に偽装離婚をしたためである。

この夫婦が殺人を繰り返す中で、掲げたのが五つの「殺人哲学」である。「世の中のためにならない奴を殺す」「すぐに足がつくため、保険金目的では殺さない」「欲張りな奴を殺す」「血は流さないことが重要」「死体を透明にすることが一番大事」という常軌を逸したモットーが二人にはあったのである。

そして、まるで、殺人とその隠ぺい工作を、ゲームをするかの如く楽しんだ。「殺しのオリンピックがあれば、俺は金メダル間違いなし」「最初は俺も怖かったが、要は慣れ」「骨を燃やすにいもコツがいる」殺人が非人道的であること忘れているかのごとき発言で会った。

3人の加害者のうち最後の一人は、山崎永幸(やまざきながゆき)。ドッグショーに見に行った際に関根を知りあい、次第に傾倒。「アフリカケンネル」に役員として参入し、運転手や雑用を請け負っていた。『冷たい熱帯魚』での主人公は彼を模している。

第一の殺人から、関根の犯行を見ており、山崎には警察に通報する必要があった。しかし、彼はしなかった。理由は単純明快、脅されたからだ。「子どもは元気か?元気でなにより」暴力団顔負けのこの脅し文句は、山崎を震え上がらせるには十分であった。山崎は殺人に関わることはなかったが主に死体の隠ぺい工作に携わった。山崎の住居が山奥であったことから、解体の場所として適していたのだ。

先ほどの殺人哲学に「死体を透明にすることが一番大事」とあったが、この一文からはこの世からほぼ完全に死体を消し、証拠隠滅を図った関根の意志が垣間見える。山崎の家の風呂場で行われた解体は、とにかく肉、骨、内臓へと死体を切り分け、骨は一本ずつ焼くという入念さであったという。

警察の捜査は、第一の殺人直後から始まっていた。男性の家族が捜索願を出したのだ。警察も関根が怪しいことはわかっていた。実は、一連の事件の前から関根の周辺には失踪事件が相次いでいたのだ。しかし、関根らを逮捕するには物証がなかった。それどころか関根らは第二、第三と殺人を重ねており、警察も万事休すの状態が続いていた。

ただ、大阪で似たような「愛犬家連続事件」の容疑者が逮捕されたことから、類似したこの事件がマスメディアによって注目されたことで、事件が風化されることはなかった。マスメディアはこぞって関根に狙いを絞り、その姿をカメラに収めた。

また、被害者の家族もこの一連の失踪劇について、事件性を訴えかけた。警察が狙いを山崎に変えたことで、状況は好転した。説得を繰り返したことによって、山崎は出頭を決意したのだ。ただし、それでも山崎の中で懸念材料はあった。自身の証言があったとして、死体を完全に隠ぺいされている状況下で物的証拠が見つかるのだろうか。

もし見つからなかったら自分の身が危ない。関根の恐怖から逃れたい山崎からしても、これは賭けだった。死体を遺棄した場所を山崎から聞き出した警察は捜査を開始した。ふるいにかけるなどの数ミリ単位の捜査が行われ、結果、様々な証拠が発見された。

こうして、関根と風間夫妻は逮捕された。二人の公判ではお互いに罪を擦り付け合うかの如き発言は多くあったという。結果は、関根と風間はそれって死刑がっ求刑された。風間は戦後12番目の女性死刑囚である。山崎に関しては罪状が死体損壊・遺棄にとどまったために、懲役3年を服役して、現在は釈放されている。

ちなみに、関根の犯罪に関しては、先述した通り、別件で警察からマークされているものがいくつかあった。熊谷市に店を構える前、秩父市にいた時期に、関根の周辺で失踪事件が多発していたのだ。1994年9月22日、秩父での事件に関わったとされる男が逮捕された。その際に、関根について証言をしたといわれている。

実在 事件「埼玉愛犬家連続殺人事件」と『冷たい熱帯魚』

フィクションとリアル

以上が、事件の概要である。映画の題材として扱いたくなるのも無理はない。なお、関根は2017年3月27日に死刑が執行されぬまま、拘置所において病死した。

どれだけ実際に近づけようとしても、フィクションは架空の作品である。人を殴る音にしても、手についた血にしても、罵声の一つ一つにしても、全ては予定調和の中にあり、監督の頭の中で練られた構想通りに役者は、そして作品は動く。映画を見る者も、それを理解したうえで感動する。また、作品には監督などのスタッフの主観が必ず入る。「美学」と言い換えてもいいそれは、魅力となって作品を色づける。

しかし、実際の世界で起こる事件は違う。殴られた跡、衣服に付着した血、そして奪われた命も本当に起こったものである。そしてそこには何の演出もない。誰かを魅了する要素など一つもない。加害者の「悪意」と被害者の「絶望」が淡々と広がるだけである。

ましてや誰か一人の主観で都合良く事が運ぶなどありえない。事件とは常に被害者にとっても、加害者にとっても、予想外の繰り返しである。なお、山崎は後にノンフィクション本『共犯者』を出版しており、関根の異常な人間性が克明に記載されている。映画をきっかけにもっとこの事件について知りたい思ったならば、その本を読むのもいいだろう。

『冷たい熱帯魚』はどこまでいってもフィクションであり、実際の事件とは恐怖の種類が違う。映画から得られる衝撃の恐怖とは別の、どす黒い混沌として恐怖がリアルにはあるのだ。

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