洗脳 事件 江藤幸子 カリスマになれなかった女性教祖

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ナイトメア・シンジ

大学時代に現劇団の前身「スパースターノイローゼ」旗揚げ。 1989年劇団「営業二課」設立。 1997年松竹シナリオスクール卒業。 フェニックス掌編文学賞入賞。 2009年8月から2017年2月まで中央林間カルチャースタジオ演技講師に就任。 現在は映画脚本、舞台演出、脚本、ラジオドラマ制作、リーディング講師など精力的に活動中。 演技指導はマンツーマンを基本に行っている。 日本劇作家協会会員。 劇団営業二課主宰。 横須賀まなび館演技講師。

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洗脳 事件 江藤幸子 カリスマになれなかった女性教祖

罪状―福島悪魔祓い殺人事件の概要

2012年9月27日。この日、死刑が一つ執行された。死刑囚の名は江藤幸子。戦後で10番目の女性死刑囚となったこの女性の罪状は殺人であった。事の発端は福島県須賀川市の警察書に出された、ある男性の捜索願であった。届けを受理した警察は捜索行ううちに、ある情報にたどりついた。

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それは、男性が「祈祷師」と呼ばれる女性の下に身を置いていたことであった。その「祈祷師」こそ江藤幸子であった。

この情報を警察に提供した人物は、男性の妻であった。彼女も江藤の下で共同生活を送っていた。彼女は江藤たちから激しい暴力行為を受けており、入院をしていた。このことから、警察は江藤の自宅を対象に家宅捜索を始めた。そこで警察が見つけたもの、それは、ミイラ化された6つの死体であった。これにより、江藤ならびに信者3人が逮捕された。

6つの死体はいずれも江藤の信者であり、捜索願の男性も含まれていた。いわゆる「福島悪魔祓い殺人事件」である。

6人の死因はクラッシュ・シンドローム(挫滅症候群)。圧迫を受けることによって壊死した筋組織が、圧迫状態からの解放後、血液中にカリウム、ミオグロビン、トロンボプラスチン、乳酸などを出すことで起こる症状である。具体的には、血管内で血小板による凝固が無秩序に行われる播種性血管内凝固症候群、代謝の異常によって体内が酸性に傾き呼吸困難引き起こす代謝性アシドーシスなどがある。

しかし最も恐ろしい症状は、血中がカリウムであふれる高カリウム血症である。この症状が引き起こすのは、心臓が小刻みに震え血液を全身に送ることができなくなる心室細動、腎臓の機能が停止する急性腎不全、そして心停止だ。

そもそもこのクラッシュ・シンドローム、発見されたきっかけは第一次世界大戦であり、日本人学者が戦死者の死因を研究している過程で発見したものだ。すなわち、本来であれば戦争や地震、事故等において起こりうる現象なのであって、人為的に起きるものではない。

しかし、人の暴力は時として、自然災害級の恐ろしい結果を生んでしまう。2007年に起こった「時津風部屋力士暴行死事件」も、数人の力士の「かわいがり」と称する暴力行為を起因とするクラッシュ・シンドロームによって新人力士の少年が死亡している。

今回の事件において、江藤らの暴力行為は「キツネ退治」という言葉で正当化されていた。「キツネ退治」とは一体何なのか。江藤の生涯を追うことによって解き明かしていきたい。

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洗脳 事件 江藤幸子 カリスマになれなかった女性教祖

江藤幸子の生涯

およそ犯罪者と呼ばれる人物は生まれた時からそういう生涯をたどることが決まっていたのだろうか。私はそうは思わない。ただ、犯罪者となるターニングポイントに出くわしたという点ではその生涯は特殊なのかもしれない。少なくとも江藤幸子という人間にはそれが当てはまる。

江藤幸子は、ある時期までは特に目立った活躍のない普通の主婦であった。地元の学校を出て、幼馴染と結婚、阿武隈の新興住宅地で生活し、夫がペンキ職人を行う傍らで、化粧品のセールスで共働き、子どもにも恵まれた。何ら犯罪と縁がない人生であった。ここまでは。

生活環境が変わったのは、夫の怪我だった。その怪我は腰に影響を与え、ペンキ職人の仕事ができなくなってしまったのだ。大事な収入源を失うも、働けない憂さ晴らしかのように夫はギャンブルに狂い、さらに逼迫。家の借金も残っている中で家庭は危機に瀕した。

そこで江藤幸子は、何とかして夫に腰を直してもらいたいと様々な手段で治療を試みた。その中にはおよそインチキとも思える民間療法、それも宗教団体が絡む民間療法があった。江藤幸子にターニングポイントがあるとするなら。その宗教団体に接したことだろう。

こうして、江藤夫妻は岐阜に本部を置くその宗教団体に入会した。その団体が行っていた民間療法は「てかざし」というもの。読んで字のごとく、身体の痛む場所に宗教的パワーを持つ者が手をかざす、というものだ。

当初、江藤夫妻は夫の腰を直すために入会したのだが、いつしか、その「てかざし」を利用して、自ら宗教者としてそれを実施するようになる。するとそのことが宗教団体の本部にばれてしまい、夫婦ともども破門の憂き目にあってしまった。入会してから2年後のことであった。

さらに不幸は続く。破門されてしばらく後に夫が家を出て行ってしまったのだ。理由はよくわからないが、これ以上家族とともに生活することに限界を感じたのだろう。こうして、江藤幸子の生活はますます困窮していくことになった。

化粧品のセールスマンの仕事こそしているものの、女性一人でそんな生活をしていくのには苦労が伴ったことだろう。

しかし、時として窮地は人間の才能を開花させてしまうのだろうか、江藤幸子は独自で民間療法を実践。すると「どんな病でも治す人」としてその評判は瞬く間に広まり、土曜日曜の週末を中心に自宅に人が集まるようになった。ここに、江藤の「祈祷師」としての人生が始まることとなった。

ただし、江藤幸子はそれほど特殊なことをしているわけではない。例えば、自分の身に何か良くないことが起こったとする。それを江藤に相談すると、江藤は「それは悪い霊の仕業だよ」と助言してくれる。そして除霊の手伝いをしてくれるのだ。

少し考えてみれば、特に江藤が特別な力を持っていたりしているわけではないことはわかるのだろうが、相談者からすれば、そんなことを考える余裕はなく、もし事態が好転した場合は当然のごとく江藤のおかげだとして喜ぶだろう。

強いて言うならば、そういう風に説得する力、もっと言うならば洗脳する力が江藤にはあったのだろう。化粧品のセールスマンの経験があるので弁はある程度たったに違いない。

やがて江藤幸子は、彼女を慕う2つの家族と集団生活を行うようになった。もちろん金銭的な負担は信者が行うようになった。そして太鼓を鳴らし、お祈りの声をあげるようになった。この時点では、仮に江藤の力がインチキだとしても、信者は好き好んで江藤と生活しているので、誰ひとり損をしていない状態だ。

しかし、江藤幸子が狂気に陥るときはすぐにやって来る。教祖が狂気に堕ちたときは、教団すべてが暗雲に包まれたといってもいい。では江藤にとってそのきっかけは何だったのだろうか。

それは「女としての情」であった。江藤幸子は集団生活をしているうちに知り合った、20歳以上年下の男性と愛人関係を結んでしまったのだ。その愛人、元は江藤幸子の娘の同級生の彼氏で、娘が家に招待した時から関係は始まった。

江藤幸子も既に離婚しており、愛人も結婚しているわけではないのだから、法的には問題はない。略奪愛という意味では倫理的には問題があるかもしれないが、それだった罪に問われるほどじゃない。

しかし、小さくとも集団生活の長として、教祖として、信者たちの絶対的存在が揺らいでしまいという意味において、愛人関係というものは十分効果をもたらした。江藤幸子と信者たちの双方ともに関係がおかしくなったのだ。

まず、江藤幸子からすれば、愛人関係によって自身の情欲を満たしたいわけだが、それがたの信者からどのように映るかが気になるわけだ。そもそも娘と同世代の人間との関係なのだから、周囲から特異な目で見られるのは確実。なんとかして教祖としての正しいことをしていることを証明したかった。

そこで、江藤幸子は愛人を「特別な力を持つもの」として扱い、それを信者にも強制した。江藤にとってはそれが最善策であった。

しかし今度は信者の側に疑念をもたらすこととなる。江藤は元々主婦であることから、信者のネットワークも江藤幸子と同年代の主婦層が中心である。となると、いくら絶対的な存在とはいえ、20歳以上も年下の人間を急に紹介されて、びっくりしないはずがない。

信者たちはここにきて教祖江藤幸子に「人間」の部分を見てしまったのだ。これまで絶対視していた人物に「人間」を見てしまうと、気持ちは一気に冷めてしまうもの。信者の疑念は日ごとにおおきくなっていった。

すると江藤幸子は、組織を維持する為に教祖として強権を発動するようになった。あるとき、江藤は一人の女性信者に対し「愛人に対し色目を使っている」と嫉妬の情を沸かせた。そこで、女性信者に対して「きつねの霊がついている」と称し、太鼓のバチで殴打を繰り返した。

これ以降、江藤幸子は信者への暴行を繰り返した。この時、信者たちは江藤の意向に従わざるを得なかった。すなわち江藤の洗脳に同調して、暴行を繰り返すほかはなかったのだ。

そういうマインドにさせられたのだ。集団生活という閉塞した場所、自分が殴られるのではないかという恐怖、そして江藤幸子という絶対的存在、暴行に加わるには十分すぎる理由であった。そうして日夜信者たちによる信者への暴行が繰り広げられるようになった。この場合、意図的か感情的かはわからないが、江藤は信者たちを洗脳したことになる。

クラッシュ・シンドロームによって初めての死者が出てもなお、江藤幸子は「魂は死んでいない」として遺体を放置した。絶対性を利用して、隠ぺいを図ったのだ。そうしていくつもの屍が現れては、放置されたのだ。自らの過ちを隠そうとする教祖にはもはや破滅しかなかった。

以上が、江藤幸子が罪を犯すまでのあらましである。なお、愛人の男も共犯者として逮捕されたことは言うまでもないだろう。

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洗脳 事件 江藤幸子 カリスマになれなかった女性教祖

女性教祖はどうあるべきか―新宗教の前例から見る―

特別な力を持っているともてはやされた「祈祷師」が、宗教団体を開き、そして破滅した。事件そのものはミイラ化した死体という要素では特異性があるが、そもそも江藤幸子が開いた宗教団体自体は福島の片田舎で3年ほど設立されたものに過ぎず、近代以後に台頭した巨大宗教、いわゆる「新宗教」に比べると、年数も規模も人数も遠く及ばない。

つまり、「新宗教」に比べて何かが足りていないということになる。では、江藤幸子は宗教者としてどういう道をたどれば、今回の事件を起こすことなく、自身の教えを維持することができたのだろうか。やはり重要なポイントは「女性教祖」であることだ。

およそ太古の昔から、天照大神や土偶、イタコなど、女性は宗教的な存在として崇め奉られる傾向にあったが、「新宗教」においてもそれは当てはまる。代表例の一つが神道系の「大本(おおもと)」である。この宗教は現在も存続しており、分派がいくつも独立してはあるが、今も日本の宗教界に大きな影響を与えている。

教祖は、出口なお、という女性だが、1892年の発足時点で56歳とかなりの高齢であった。この出口なおの生涯は江藤のものと共通している点がいくつか。

一つ目は、夫が甲斐性なしだったという面で苦労をしたということだ。出口なおの夫は大工をしていたが浪費家で晩年は寝たきりの生活を送っていた。さらに言うと、夫との間に生まれた子どもにも不幸が相次いだ。

二つ目は、夫と別れてから、特別な力に目覚めたという点である。ただし、出口なおの場合は死別である。発足した1892年というのは、出口なおが初めて、夢で神(国常立尊)に出会った年であり、それがきっかけで言動がガラリと変わるようになったという。

三つ目は、順番こそ前後するが、他の宗教の力を頼ろうとした点である。江藤も結婚していた時に所属していた宗教団体の名前を借りて、活動をしていた、出口なおも自身の宗教的な力について、金光教(現在も存在する「新宗教」の一つ)に相談をしていたという。

そして同じく病気治療や予言によって名声を高めていた。この三点を考えると江藤の教祖としての過程は、規模こそ違えど他の教祖にも当てはまるものであることがわかる。

しかし、両者の決定的な違いもまたあった。それは「自らの役割をわきまえていること」であった。大本が発展した理由は出口なおの神がかり的な力もあるが、それ以上に娘婿、出口王仁三郎の存在が大きかった。

彼は大本のナンバー2として「もう一人の教祖」「聖師」とよばれるほど大きな力を持った。その所以は娘婿であるというよりも、組織力、構想力の高さにあった。一方、出口なおは組織運営を王仁三郎に任せ、あくまで質素な生活を送り、活動については神々の啓示や自らの考えを執筆する程度にとどめた。

もちろんその経緯は複雑であり、対立した時期もあったが、最終的には運営の全権を王仁三郎が握ったのだ。女性教祖が象徴的存在を、男性幹部が組織運営を担うというのは宗教組織を円滑に動かす手段である。一方、江藤はどうだろうか。

全ての権限を江藤幸子一人が握り、誰の意見も聞こうとしなかった。ただし、出口なおのような大人物になる機会もあるにはあった。それは愛人の存在だ。どういう理由であれ、彼に魅力を感じ、そばに置きたいと考えたのであれば、何らかの権限を与えることで、江藤自身を更に神格化させるという手段もあったはずだ。

しかし、江藤幸子は彼を「男」として扱い、彼の前では自身は「女」と化すことを選んだ。愛人関係が仇となった宗教団体はたくさんあるが、女性教祖がその渦中にある場合、教団全体に与える影響ははかりしれない。シャーマニズムな要素がむしろ逆効果をもたらしてしまったのだ。

そしてその動揺を江藤幸子は自らの力で鎮めようとしたことも大きい。教祖として振る舞うならば、あえて何もしない、というのも選択肢にあったはず。

「女」であることにこだわり、権限を独占したこと、それが江藤幸子がカリスマ教祖たりえなかったのかもしれない―

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